人工知能(AI)の「アルファ碁」が人間のプロ棋士に勝って話題をさらった昨年、アメリカで開発された戦闘機向けのAIが、空戦シミュレーションで元・米軍パイロットに圧勝したという。人工知能の発達はとどまるところを知らず、今から十年後には人間の仕事の半分近くがAIに取って代わられるとの予測もある。

 この年末年始に日本でも公開中の映画『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』('15・イギリス)では、軍事用ドローンを操縦する米軍パイロットが「陰の主役」を担っている。
 「現代の戦争」においては無人機ドローンを使った空爆が主流であり、パイロットはドローンの遠隔操作で、自らは自国の基地内に居ながら、遠く離れた戦場の敵をモニター画面越しに爆撃する。昼間は基地で敵を殺し、夜は普通に家族と過ごす――そんな異様な日々の繰り返しにより、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するパイロットも少なくないが、戦争という「究極の殺し合い」が今後もなくならないとすれば、好むと好まざるとに拘らず、軍事用ドローン・パイロットの操縦席もまた、いずれAIに強奪されることだろう。

 映画『アイ・イン・ザ・スカイ』の主な舞台は、ロンドンにある会議室。ケニア・ナイロビ上空を飛ぶドローンから送られて来る現地映像が、イギリス、アメリカ、ケニアの司令官たちがいる会議室のスクリーンに映し出される。
 主人公のイギリス軍大佐は、国防相と協力して英米合同テロリスト捕獲作戦を指揮しているが、テロリストたちによる大規模自爆テロの決行が発覚したため、アメリカ・ネバダ州の米軍基地にいるドローン・パイロットに攻撃指令を出す。しかし、標的のすぐそばで幼い少女がパンを売り始める姿をモニターが捕らえると、会議室では俄かに議論が勃発する。自爆テロの犠牲になるであろう数十人の一般市民を救うべきか、それとも攻撃を中止して一人の少女を救うべきか……。
 ここで焦点になるのは「愛着」である。いたいけな少女が画面に現れた途端、それを目にした会議室の面々やドローン・パイロットの心に彼女への「愛着」が湧き起こり、単なる数字上では比較検討されなかったはずの「一人の命」と「数十人の命」とが、さも当然であるかのようにイコールで結ばれてしまう。
 「愛着」とはそれほど絶対的な威力を持つものだが、そんな「愛着」の扱い方をめぐり、いま世界では二つの勢力がせめぎ合いを展開しつつある。

 1月20日、第45代アメリカ大統領に共和党のドナルド・トランプ氏が就任した。米国政治史上最大の汚点ともなり得る政権の誕生は、現時点での“荒れ散らかした世界情勢”を象徴するものである。
 人種差別や移民排斥など極右的発言を繰り返すトランプ氏に対抗し、昨年の米大統領選では、「民主社会主義」を旗印にするリベラル派のバーニー・サンダース氏が民主党から出馬した。
 イギリスEU離脱派のうち「移民・難民流入への忌避感」を原動力とする一群や、マリーヌ・ルペン氏率いるフランスの極右政党・国民戦線、それに「フィリピンのトランプ」と呼ばれるロドリゴ・ドゥテルテ大統領らの存在は、いずれもトランプ氏同様、世界中に憎悪と分断を煽り立てようとするものであり、一方、格差や社会的不平等の是正を訴えるサンダース氏に呼応する勢力として、欧州ではポデモス(スペイン)、シリザ(ギリシャ)などの地域運動が台頭している。
 意図的なのか思考停止ゆえか、マスメディアは二つの勢力を「反既存政治のポピュリスト」として一括りにしたがるが、言うまでもなく両者の基本理念は対極に位置する。片や「愛着ある地域の独自性を確保しつつ、異なる民族や宗教をも互いに受け入れ合って穏やかに共生しようとする」勢力、もう片や「愛着ある地域の利益や尊厳だけを追求し、よそ者のことなど一顧だにしようとしない」勢力。「愛着」を“融和への梃子(てこ)”にする面々と“排外への武器”にする面々との、世界規模でのせめぎ合い。
 残念なことに、現在の世情では“排外への武器”派が圧倒的優位に立っている。何よりも、唯一の超大国のリーダー選挙においてトランプ氏が党候補指名争いを突破し本選も勝ち抜いたのに対して、サンダース氏は党候補指名争いの段階で敗退したという事実が、それを雄弁に物語っているだろう。
 では、これから“融和への梃子”派が巻き返して世の中に平穏をもたらすため、我々は一体どうしたらいいのだろうか。

 汝、隣人を愛せよ――見ず知らずの隣人Aをいきなり愛するのは確かに難しい。しかし、Aがその親友Bに愛され、あなたが自らの親友Cを愛しているとして、自分のCへの思いとBのAへの思いとを重ね合わせる、つまりBと“愛し様を共有”することができれば、あなたは間接的に隣人Aを愛せたことになるだろう。そして、そんな“愛し様の共有”を広げていけば、やがて世界中に“愛し合える隣人”ができるのではないか。
 愛情を注ぐ対象――たとえ「古き良きアメリカ白人優越社会」にせよ「かつて戦争のできた国・ニッポン」にせよ、はたまた「テロ利用のための歪んだアラー信仰」にせよ――は、誰もが持っているだろう。その対象への思いを隣人と共有する知能すら持てないなら、われわれ人間は分断や戦乱に突き進んだ挙句、仕事どころか“人間としてのアイデンティティ”自体を人工知能に乗っ取られてしまうはずである。


'16-'17.冬  東雲 晨





inserted by FC2 system