人気チーム同士による今年のプロ野球日本シリーズは、福岡ダイエーホークスの4年ぶりVという形で幕を閉じた。10年ぶりに第7戦突入、全試合でホームチームが勝利、観客動員数の新記録樹立と、特徴的な話題の多いシリーズだったし、熱烈な地元ファンの支持を浴びる両チームの対決は確かに大きな盛り上がりを見せた。が、それだけになおさら残念な要素が一つ浮かび上がる。阪神タイガースの不完全燃焼ぶりである。
 日本シリーズとは言うまでもなく「どれだけ力があるか」の勝負であり、またそうあるべきなのだが、最近では「どれだけ力を出せるか」の勝負になりつつある。ここ数年、シリーズでまったく力を出せぬまま一方的な敗北を喫するチームが目立つ。今年のシリーズは星野監督の予告にたがわぬ“歴史に残る熱戦”と称され、タイガースも甲子園で史上初の2試合連続サヨナラ勝ちをやってのけたりしたが、全体的には明らかにホークスが押していたし、ほぼ普段どおりの力を出せていた。昨年の西武ライオンズや一昨年の大阪近鉄バファローズほど極端ではないものの、シーズン中に幾度となく見せた先発投手の快投も猛打爆発も演じられないタイガースは、やはり最後まで実力を出し切れず仕舞いだった感が否めない。それも、敵に封じ込められるというよりは、自らが勝手に浮き足立っているだけのように思えた。
 ところで、日本の野球は「まずチームありき」である。一人一人が「チームのため」を意識することからチームワークが生まれ、勝利につながるとされる。今年のタイガースもそんなチームの1モデルだろう。それに対して、アメリカのベースボールは「まず個人ありき」である。成熟したチームワークとは一人一人が個々の持ち味を発揮した先に生まれるもの、という発想だ。これは、屈強の個々が好き勝手にやった結果たまたま勝てることもある、などというレベルとは訳が違う。その点で、今年のホークスは1998年の横浜ベイスターズ同様、ベースボール色の濃いリーグ優勝チームだと私は思う。つまり今回のシリーズは「ベースボールと野球による日本シリーズ」といった側面も持っており、この両者が真っ向から激突するとどうなるか非常に興味深かった。そういう意味でも、片方のチームが不発に終わったのは何とも惜しい気がしてならない。
 では、何故そんなことになったのか。シリーズ開幕直前の星野監督勇退報道がタイガースの選手たちの士気に少なからず影響を及ぼしたから? それはプロとして理由にならないだろう。負の要素をモノともしなかったり、あるいはそれをバネに発奮したりするケースもあるのだから。ちょうどホークスが球団身売り騒動や主砲・小久保の戦線離脱をはね返したように。
 また、「内弁慶シリーズ」という括り方にも私は疑問を覚える。少なくともホークスについては必ずしも内弁慶とは言えなかったはずだ。結果だけをみると綺麗にホームチームの白星が並ぶことになったが、内容は、ホークスは福岡ドームでほぼ圧勝、甲子園での3連敗もすべて1点差の惜敗である。これには甲子園球場特有の尋常ならざるプレッシャーが大きく影響しているだろう。逆にタイガース側から見れば、地元では大声援の後押しを受けてなんとか辛勝、しかし敵地では手も足も出ず完敗、と言っていい。加えて、例えばホークスの和田は甲子園でも福岡ドームでも変わらぬ好投を披露したが、福岡ドームで大活躍したタイガースの選手は一人もいなかった。そんな訳で、今シリーズにおける内弁慶とはタイガースにのみ該当する言葉ではないかと思う。
 結局のところ、今年のタイガースは監督の存在感と甲子園のファンのおかげでリーグ優勝を果たせたものの、実力云々よりも“ハートの強さ”においてまだ日本一になるチームではなかった、と私には感じられた。

 それはそれとして……今年の日本シリーズで最も目立っていたのは紛れもなく星野監督である。いや、今シーズンのプロ野球そのものが“星野一色・トラ一色”だったと言っていいだろう。阪神タイガースをこれほど活かし、またタイガースにこれほど活かされた監督が、果たして今までにいただろうか?
 シリーズに敗れ去った夜、勇退を踏まえて監督が口にしたコメントは、私にはこの上なく印象深いものだった。
 「弱いチームを強くするのは、やり甲斐があった。生き甲斐があった。おもろかった」
 2年前、誰も引き受けたがらない“ダメ虎”の監督を自ら引き受けた理由が、この言葉に集約されている。巨人ではなく中日でもない、阪神を率いることでしか得られない快感を彼は味わいたかったのだ。自軍のつまらないミスに怒り狂ってベンチを蹴り上げ、サヨナラ打を放った“息子”たちと抱き合って毀れんばかりに狂喜する。全身の生き血が沸騰するような一瞬一瞬を重ね、そのたびにタイガースはグングン強くなっていく……。
 「『活きている』とはどういうことか」を余すところなく体現し尽くし、星野さんはグラウンドをあとにした。


'03.秋  東雲 晨





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