タモリ司会の長寿番組『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が、来年3月で終了する。ここ数年の視聴率低迷により打ち切りは何度も噂されていたが、ある秋の日の放送中、突然タモリが番組終了を発表したのだ。フジテレビ広報部によると、当日の放送開始前に上層部から通達があったそうで、なぜその日が発表に選ばれたのかは「分からない」という。
 同じ日、特定秘密保護法案が与党に正式承認された。機密を漏らした公務員への罰則強化を建前に、国民の「知る権利」や「言論の自由」を著しく侵害し、国家による情報支配を絶対的なものにする悪法がこのまま成立すれば、日本は「戦前への回帰」を大きく進めることになる。
 国民から反発されそうな法案を、何か大きな出来事があった日にこっそり提出したりするのは、悪辣な政府が頻繁に使う手口だが、「世間の耳目を惹く事件」そのものを自ら作り出すことも、今の政権ならごく普通にやりかねない。右派テレビ局の上層部に働きかけ、法案承認の日に「いいとも終了」という“ビッグニュース”を意図的にぶつけたのだとしたら……。
 さらに同じ日、国連発表の「核兵器の非人道性とその不使用を訴える共同声明」に、日本政府は遅蒔きながら署名した。米国の核抑止力に依存する政策との矛盾からこれまで参加を見送ってきたが、「声明の趣旨が日本の安全保障政策や核軍縮の取り組みとも整合性がとれる内容になった」というのが今回の賛同理由だそうである。しかし、「戦争できる国づくり」に邁進する一方で核廃絶を謳う、そんな行為のどこに整合性があるのか誰も理解できないだろう。それとも、今回の署名は「中国、韓国や北朝鮮が相手なら、日本は核兵器なしでも『意志の力』だけで勝てるんだよ」という“挑発サイン”のつもりだろうか。


 このところ、ある日本の元首相が脱原発の立場を明確にしている。彼の発言主旨は、以下のとおりである。

 「原発ゼロを実現し、再生可能エネルギーによる循環型社会を目指すべきだ」
 「原発事故に伴う被災者への補償や事故収束の費用を含めると、原発ほど(発電)コストが高いものはない」
 「核のゴミ(放射性廃棄物)の最終処分の当てもなく、原発を進めるのは無責任だ」
 「今、原発ゼロという方針を自民党が打ち出せば、一挙に(脱原発への)国民の機運が盛り上がる」

 言っている内容自体は至って真っ当なものながら、「他人を貶めて自分だけが利を得るシステム」の究極形であるアメリカ発・新自由主義で日本をぶっ壊した人物が、それについての総括も一切ないまま、同じく「他人を貶めて自分だけが利を得るシステム」の象徴的存在である原発に反対するとは、ここにも「整合性」の欠片すら見当たらない。そもそも、首相当時の対米服従ぶりから考えて、もし今も現職なら間違いなく原発推進の最前線にいたはずの人物が「脱原発」を唱えるとは。
 あえて真意を推し量るなら、彼は自らが今も「カリスマ」であることを確認したいのかもしれない。
 カリスマとは、どこから見ても白いものさえ、金や権力の助けを借りることなく「この人が黒いと言うなら黒いんだ」と人々に信じさせる力を持つ者のことである。現役の総理大臣、つまり「権力者」だった頃とは違い、いまだ知名度はあるにせよ既に政界を引退した「素」の自分が、再び表舞台へ出てもカリスマでいられるか、ここに来て俄かに試したくなったのではないだろうか。
 しかも、機を見るに敏な彼のことである。自分と似たようなキャラクターの若造が、従軍慰安婦発言や堺市長選惨敗でそろそろ幕を引きつつある上、自分より明らかに華のない現首相が独走態勢を敷いている現状を見て、「今ほど出ていきやすい時はない」と判断し、最も民意を得られそうな「脱原発」を口実に立ち上がったとしても、何ら不思議な話ではないだろう。
 だが、もしそうだとしたら、そこには実に陥りがちで、なおかつ致命的な勘違いがある。彼はもともと「カリスマ」ではなく、あくまでも「売れっ子」に過ぎないのだ。そう、彼が凋落を見届けた大阪市長と同様に。
 カリスマと売れっ子の違いは、「支持者のレベルの差」に表れる。加えて、前者のファンは「本質」に食いつき決して離さないが、後者のファンは容易に飽きて「次の売れっ子」へと流れていく。己の“器”を見誤った売れっ子たちは、やがて「飽きられないための小細工」に追い立てられ、彼らのファンはそれを「肥えることのない舌」で次から次へと食い散らかす。そんな本質的価値なき“自転車操業”が、世の中全体をも地盤沈下させていくのだ。

 歴史とは、あまたの先人たちが「我々みたいになるなよ」と遺してくれた失敗のサンプルから、後世の人間が学ぶために存在する。にも拘らず、そんな歴史を多くの者が無駄にして、憑かれたように「悪い見本」を後から後からなぞりたがるのは何故だろう。しかも、時代が下れば下るほど“反面教師のサンプル量”には恵まれるはずなのに、むしろ時代が下れば下るほど“反面教師の後継者比率”が高まっていくのは、一体どういうことだろうか。
 国家に「秘密」を「保護」されるまでもなく、世の中は分からないことばかり――そう、つくづくこの世は“奇妙な世界”である。


 さて、タモリは間もなく「お昼の顔」を取り外すことになるが、彼には『タモリ倶楽部』に代表される、その真骨頂ともいうべき“アングラな貌”のほか、『世にも奇妙な物語』のストーリーテラーとしての“ミステリアスな貌”もある。カリスマとも売れっ子ともつかぬ怪芸人がニンマリ顔でたたずむ“奇妙な世界”は、今後ますますその住人を増やしていくのだろうか。


'13.秋  東雲 晨





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