夏――怪談の季節がやって来た。最近の有名な怪談の中でも、『ゆかりちゃん』という都市伝説は、世にも後味の悪いシロモノである。
 まずは、ネット上に多く流布するバージョンの全文を、以下に紹介させていただこう。


 あるところに、ゆかりちゃんという女の子がいました。
 ゆかりちゃんは、お父さん・お母さん・ゆかりちゃんの3人で幸せに暮らしていました。しかし、ゆかりちゃんが小学校5年生の時に、お父さんが事故で亡くなってしまいました。それからというもの、ゆかりちゃんのお母さんは、朝早くから夜遅くまで必死になって働きました。母子家庭だからと後ろ指を差されないように。
 立派に小学校を卒業させ、中学校卒業間際に、もともと病弱だったお母さんは、過労が重なり倒れてしまいます。亡くなる直前、お母さんはゆかりちゃんを枕元に呼び、「ゆかり、お母さんまで先に逝ってしまってごめんね。どうしても困った時にはこれを開けなさい」と、手作りのお守り袋を渡し、天国に行きました。
 それからゆかりちゃんは親戚の家に引き取られ、高校へ通っていました。通学かばんには、あのお守り袋が付いています。
 ある日、クラスの男子が「ゆかり、いつも付けてるそのお守り、見せろよ」とからかってきました。でもゆかりちゃんは大切な物だったので言葉を濁し、見せようとはしませんでした。男子は無理やり奪い取ってしまい、とうとうそのお守り袋を開けようとしました。ゆかりちゃんは全てを説明し、返してもらおうとしましたが、引っ込みが付かなくなった男の子は、お守りの中の物を手にしました。
 中には手紙が入っていて、それを見た男子は……絶句しています。ゆかりちゃんは今まで手紙が入っていたことすら知らなかったので、男子から手紙を返してもらいました。その手紙を見た瞬間、ゆかりちゃんは号泣しました。
 手紙にはお母さんの文字で、はっきりとこう書かれていました。

 <ゆかり 死ね。>


 最後の一言を目にした途端、多くの読者がゾーッとするのは間違いないだろう。「娘を育てるため過労死に追い込まれた母親の、娘に対する恨みの一言」と瞬間的に捉えるからだ。が、落ち着いて考えれば、この一言については他にも色んな解釈ができる。
 例えば、この手紙を見るところまで追い詰められた娘への、「もう無理しなくていいから、死んでお母さんのところに来なさい」というメッセージにも取れるだろう。あるいは、娘の負けん気の強さを熟知する母が、「あの娘はこの手紙を見て私に反発し、それからは私を憎みながらも強く生き続けてくれるはず」との目論見で遺した大きな“親心”なのだ、との見方も可能である。
 ただし、手紙を目にした直後に誰もがゾーッとする理由、つまり「最愛のはずの娘がどうしようもないくらい弱っているとき、母親がその娘に最悪の追い討ちをかける」という絶望的な陰惨さに由来するインパクトこそが、この怪談を大成功に導いているのだ。

 あれこれ考えたり分析したりする隙を与えず、心の最深部を恐怖が直撃するのが優れた怪談の絶対条件であり、その点、日本の怪談やホラー映画は世界で最も怖いと評される。「恐怖」という原初的な感情の授受に秀でているのは、ひとつの誇るべき文化かもしれない。だが、残念ながら日本の人々は、深慮する必要のある領域ですら、その前に「心がダイレクトに反応してしまう」こともあるようだ。
 この国において「恐怖」と並ぶ“直撃力”を持つものといえば……そう、「名前」である。
 まだ世に出てもいない小説本が「作者の名前」だけで異様に売れてみたり、公開初日のアニメ映画が「監督の名前」だけで満員客を集めてみたり、そして何よりも、滅茶苦茶な公約を掲げる政党が「いちばん有名な党」というだけで選挙に圧勝してみたり――。とりわけ今回の参院選の結果などは、ヒロシマやフクシマを少しでも知る外国人の目には「極めつきのジャパニーズ・ホラー」と映ることだろう。しかも、その裏に戦争被害者やら原発被害者やら無数の怨念がドロドロ渦巻く、人類史上またとない“KWAIDAN”である、と。

 そういえば、「首相公邸に幽霊が出る」という噂が少し前に飛び交った。首相就任後いつまで経っても公邸へ引っ越そうとしない現首相に対し、ある野党議員が疑問を呈したのが噂の発端だが、もともと公邸には「二・二六事件の幽霊が出る」「夜中に軍靴の音が聞こえる」などの噂が絶えなかったという。現首相は、引っ越さないことと幽霊とは「関係ない」と断言し、また噂についても周辺では「政治権力者に特有の無意識な不安や恐れが、その種の妄想や錯覚を生み出しやすいのだろう」との尤もらしい見解で片付けられつつある。
 不都合な現実を覆い隠して体よく収束させようとするのは、どうやら原発政策などに限った話でもないらしい。

 ともあれ、この参院選は曲がりなりにも自民党が圧勝した。ずっと後になって振り返り、よくよく考えてみると、あの圧勝劇はただ自民党の「名前」が有権者を直撃しただけのものでなく、じつは国を建て直すための有権者の「反発力」を見越した“政治家たちの親心”だったのだ――そんな風に思える日が、果たして来るというのだろうか。


'13.夏  東雲 晨





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