真夜中にふと目覚めたら、隣に寝てる夫が血まみれでのた打ち回ってた……そんな時の驚きって、あなた、想像できる?
 夫が惨殺されてから10日くらい経って、ようやく犯人は捕まった。以前からあたしに付きまとってた職場の同僚の若い男が、あたしの夫をメッタ刺しにしたのよ。でも、最近のこういう事件にありがちな話というか、いくつもの謎を残したまま、ある日を境に報道はプッツリと途絶えてしまったわ。
 コトの真相について、あたしがどれだけ知ってるか、もしくは何も知らないのか、そんなこと大っぴらに話す必要はないし、それに話すつもりもない。ただ、ストーカーという行為自体が「男らしくない」ものだとはいえ、あたしは今回の事件を通して、ある意味もっと根が深くて悪意に満ちた「男らしくなさ」を見せつけられた気がするの。その辺について、ちょっとお話ししてもいいかしら?

 ストーカーの男の子が何を考えてたのか、傍目にはサッパリ分からない。「交際してほしい」との彼の申し出に対して「夫がいるから無理」とあたしが断り、それを「夫がいなければ交際できる」って意味に取り違えて「邪魔な夫」を殺した――本当にそうだとしたら正真正銘のバカ男よ。でも、そんな動機、さすがにちょっと信じられないでしょ?
 それと、例えばパートナーに浮気されたら、男は浮気したパートナーを責めるけど、女はパートナー本人でなく浮気相手の女を責めるっていうわよね。ストーカー男にしても、ふつうなら、いつまでも振り向いてくれない女に逆上して危害を加えるものなのに、この事件の犯人は、つれない女でなく彼女の夫に襲いかかった。その辺りの心情を「男らしくない」と見るべきか、それとも、体力的に「殺しにくい」はずの男性をわざわざ標的にした点を「男らしい」と見るべきか……けっこう難しいところよね。

 それよりも、あたしが話したい「男らしくなさ」っていうのは、こういうことよ。
 「犯人は女性に執拗にメールを送っていた」「家の鍵が開いていたので、犯人は夫婦の寝室にたやすく侵入できた」「家に入った犯人は、そのまま2階の寝室へと直行した」……警察やマスコミは、いろんな事実を断片的に公表しておきながら、それによって誰もが感じる「なぜ犯人は女性のメールアドレスを知っていたか」「なぜ深夜に家の鍵が開いていたか」「なぜ犯人は初めて入ったはずの家で、難なく寝室に直行できたか」なんていう疑問には一切答えないし、取調べの結果どこまで明らかになったのかさえ表に出さない。で、犯行動機についてはバカみたいに短絡なもので落ち着けようとする。これじゃ、みんな納得するわけないし、いろいろ憶測したくなるに決まってるじゃない?
 警察が黙ってるのかマスコミが報じないのかは知らないけど、あたしにはまるで、“男社会”の警察やマスコミが、たくさんの謎をわざと謎のまま残してるようにすら感じられる。もちろん、そういう謎を“恰好の詮索ネタ”としてそのまま世間に差し出すために。
 もしもあたしが「妻を殺された夫」、つまり男だったとしたら、事件との関連性を警察やマスコミから洗いざらい穿(ほじく)られて丸裸にされるはずよ。それは一見厳しい追及に見えて、じつは「分からないものへの世間の好奇」からいち早くガードしてるってことでもあるでしょ? 
 ほんの一昔前みたいに、何の道理もなく男が女を力ずくで捩じ伏せることが許された時代とは違って、いまは男が女に対して正面きって強く出にくい空気がある。だから、自分たちがハッキリ言えない分、代わりに「うるさい世間」に言わせよう……そんな“男社会”のいやらしくも陰湿な「男らしくなさ」が、不自然な沈黙からは透けて見えるの。ネット上であたしが面白おかしくイジられるのも見越したうえでの、ゾッとするような卑小さが、ね。
 ひと回り以上も年下の男に本気で入れあげさせた挙句、二人の男の人生を潰した「怪しげな女」(「妖しげな女」の方がピッタリくるかしら?)を無言で演出するなんて、女としてこんな言葉は大嫌いだけど、あえて言うなら「女々しい」にもほどがあるわ。そんな風に感じるのは、あたしが女だから? すべては男に対するヒステリックな被害妄想で、あたしのことなんか誰もそれほど気にしてないって言うの?

 だとしても、ねぇ……男尊女卑の時代がよかったとはもちろん思わないけど、やっぱり昔に比べると、「オトコ」を感じさせる男はめっきり減ったんじゃないかしら。管理や制約で雁字搦(がんじがら)めな上、いったん負けたらそうそう巻き返せない今の不寛容な日本社会では、「オトコの度胸や冒険心」なんてなかなか持てないっていう気の毒な面もあるにしろ、あながち社会構造のせいにばかりできるものでもないでしょう。
 男性ホルモンと女性ホルモンの比率がどうとか、そんな科学的なことはよく分からない。けれど、人間の身体が「オトコの要素」と「オンナの要素」で出来てるんだとして、近頃は「オトコ」がやっと半分を超える程度の“ギリギリ男”がすごく多いと思わない? 一人の男の身体の中で、せめて「オトコ」が「オンナ」の2倍を占める、つまり「オトコ : オンナ=2 : 1」くらいじゃなきゃ、堂々と“男”を名乗る資格なんてないと思うの。
 そう、「過半数」なんてケチくさいことじゃダメ、「3分の2以上」というなら文句ナシに認めてあげるわ。ほら、そこで聞いてる“男社会”の政治家たちも、あたしの言ってること、よ〜くお分かりになるわよね?


'13.夏  東雲 晨





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