ちょっとアンタたち、ひょっとしてアタシらのこと、もうお忘れかい? いくら衆院選絡みのニュースで持ちきりだからって、ついこの前まであれほど世間を騒がせてた連続変死事件がすっかり記憶から消えてるとは、随分つれない話だねぇ。まったく、マスコミが報じりゃみんなでワッと群がり、報じなくなりゃ一斉に散らばっちまう。それって、マスコミによる一種の「洗脳」なんじゃないのかい?

 そもそもアタシは、アンタたちがいま置かれてる社会の醜い在り様を、ご親切にこの身を挺して突きつけてやっただけさ。
 アタシの一連の手口といえば、そう、強い者が弱い者どもを洗脳して敵味方に分け、自らは手も下さず双方に殺し合いをさせる……どうだい、権力持ってる連中が「格差」やら何やら策を弄しては民衆を二極化し、自分らじゃ一汗も掻かないまま互いに憎み合い攻撃し合わせるっていう、アンタらの病的な現実世界そのものだろう? 自分たちが組み込まれてる構図を極端な形で差し出して、ちょっとは目を醒まさせてやろうと仕組んだんだが、中学生レベルの独裁政治家なんかを未だに有難がってるようじゃ、そんな思いも通じなかったみたいだね。
 いや、そういう嫌〜なテイストにいち早く反応してイジメに取り入れてた辺り、本物の中学生の方がよっぽど敏感だよ。アンタたちの感性は、残念ながら中学生以下ってことになるねぇ。まぁ、それもこれもアンタらを洗脳する連中が悪いんだから、アンタらは可哀相な被害者ってことだけどさ。

 それにしても、あの中学生レベルの独裁政治家、アタシにはどこが良いのかサッパリ分からないね。だってあの坊や、存在自体がちっとも目新しくないだろう?
 恵まれない生育環境から歪んだ方向に成り上がり、権力握って舞い上がって好き放題やってるところなんか、四百年以上も前に死んだ戦国武将を文字どおり“サル真似”してる大勢のうちの一人だし、もともと威勢がいいだけで理念がないもんだから、当初の「脱原発」宣言をあっさり引っ込めるまでもなく、「地方分権」にしろ「官僚主導打破」にしろその場の空気で翻すのが簡単に予想できる。で、弁が立つのもいいことに、そうやってうまく世渡りしてるつもりが最後にゃ総スカンを食らう哀れな御仁なんてのも、それこそ歴史上には腐るほどいた訳だろう?
 要するに、あの子は薄っぺらなうえ何ひとつオリジナリティがないんだよ。その程度の人物が「変革者」みたいに崇められるところが今の時代の“果てしない低さ”であって、それもまた「売り上げ目当て」のマスコミによる洗脳なんだとしたら、アンタらはつまり“カネに飲まれた”お寒い限りの庶民たちってことだねぇ。
 
 そうそう、佐野ナントカっていう作家が坊やについて書いた週刊誌の連載モノが「部落差別」だの何だのと批判された挙句、書かれた当事者の「鶴の一声」で連載中止に追い込まれた、なんてことが最近あったね。 その佐野ってセンセイ、「(今回の連載では)記述や表現に慎重さを欠いた」と詫びた上で、東京新聞にこんな発言を載せてるんだ。せっかくだから、原文のまま抜粋してあげるよ。

 「人間は社会的な生きものであり、文化的な環境や歴史的背景はその人物の性格や思考に必ず影響している。まして公党の代表であれば、その言動や思想がどういう経緯で形成されたのかを知ることは極めて大切だ」
 「実父が生きた部落では、解放運動が強い力を持っている。そこでは徹底した平等主義が貫かれる。しかし、その環境を背負っている橋下の思想は全く逆。『力のない奴は生きている価値がない』という過剰な競争主義だ。文楽をめぐる対応が典型だ。その違いを探ることは、おそらく現代社会の病巣を描くことにつながる」
 「その前提として、彼の実父の描写は欠かせなかった。父親がアウトローになっていく過程は高度経済成長期。当時、被差別部落から若者たちが都会に出てくるが、差別によってたいした仕事には就けず、棄民化されていく。高度成長の一側面だ。そうした事実を踏まえたいと思った」

 どうだい。この時期に、一流どころの物書きが、坊やと世相とに連なる病理をどんな風に抉り出すつもりだったのか、えらく興味深いし大きな意義も感じるだろう? それを、さも皮相的な不備を理由に連載打ち切りへの追い風をみんなで吹かせちまうとは、たとえ洗脳されてるにせよ、もったいないにも程があるんだよ。

 あぁ、何年か前にも似たようなことがあったねぇ。歴史的な政権交代を成し遂げ、壮大な「友愛」構想で日本の政治を建て直そうとしてる総理大臣を、まだ計画が端緒にもついてないうちから「政治とカネ」なんていう“ささいなこと”で引きずり降ろしたのも、つくづくもったいない出来事だった。なんせ、既得権益を守りたい一心の抵抗勢力による“新政権潰し”を、ものの見事に後押ししたんだからね。
 あの元首相、甘チャンだの宇宙人だの今でも散々な言われようだし、それが当たってる面も確かにあろうけれど、トータルで見れば、少なくとも独裁坊やなんかより遥かに色んな世直しの可能性を感じさせてくれたろう? だいたい、出自や育ちがどうであれ、良いものは良いし悪いものは悪いんだよ。
 それに、知ってるかい? 沖縄県民の間では、彼のことを「初めて米軍基地問題を真剣に考えてくれた総理」として好意的に見る向きが多いんだよ。アメリカや官僚・財界の圧力に怯えて「鳩山は基地問題を迷走させたダメ政治家」で結着させたい中央メディアは、そんなこと絶対に報じないけどさ。

 「もったいない」ついでに、アタシの扱いについても言っておこうか。
 「洗脳」ってのが特殊能力を持った人間にのみ可能なことで、たまにアタシや麻原みたいなのが出てきて酷いことしでかすのは避けられないっていうならともかく、もしアタシを徹底的に調べて「何らかの技術を身につければ『洗脳』は誰にでもできる」って解き明かせたなら、逆に「洗脳から免れる技術」を確立して今後その種の事件を未然に防ぐこともできるだろうに、例によって検察はアタシを「生かしちゃおけない化け物」とみなして早々に抹殺することしか考えないだろうし、マスコミ、それに「被洗脳者」のアンタたちも、麻原のときと同じようにそんな気運を飽きもせず盛り上げていくつもりなんだろう? で、事件は闇に葬り去られ、いずれまた同じ悲劇が繰り返される……まったく、どいつもこいつも救いようのない連中だねぇ。

 ただ実際のところ、アタシから離されて警察の取調べを受けてる手下どもは、だんだん洗脳が解けはじめて事件の真相をペラペラ喋ってるそうだね。麻原の配下たちにしてもそうだけど、洗脳はその元凶から隔離されて時間が経てば自然に解ける、それだけはハッキリ分かった訳だ。となれば、アンタらもしばらく「洗脳元」から距離をとって、じっくり我にでも返ってみるがいいよ。
 え、そんな奴らにはすっかり呆れ果てて、とっくの昔に遠ざかってる、だって? じゃあ、もし洗脳されてたとしても今頃はきれいに解けてるはず……ってことは、ひょっとしてアンタたち、最初から洗脳なんかされてないんじゃないのかい?


'12-'13.冬  東雲 晨





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