日本の皆さん、こんにちは。いつも応援してくれてありがとう。
 「アジアが生んだ国際的アクションスター」という光栄な称号を励みに長年やってきた僕が、今年撮った作品を最後に「アクション映画から身を退く」なんて誤報も飛び交ったようだけど、まだまだ現役でいるつもりだから、ファンのみんなには安心してほしい。
 ただ、確かにもう僕は若くないし、昔みたいに動けるはずもない。「CGやスタントを使わない生身のアクション」「音楽不要のリズミカルなアクション」、そんな僕ならではのセールスポイントに翳りが出てきた以上、徐々に「演技」に重きを置く役者へとシフトすべき時期に来てるんだろう。それに、世界が暴力に覆われた今、もうアクション映画は必要ないんじゃないかって気もする。僕は「闘い」は好きだけど「暴力」は大嫌いだしね。
 そう、自分で言うのも何だけど、アクションに負けず劣らず僕の「笑顔」も大きな魅力だろう? 笑顔には、人の心を幸せにして敵味方の壁を溶解するような不思議な作用がある。世界中のスクリーンを通じて届けてきた僕の笑顔がどれほど平和に貢献できたかは分からないけど、実はあれも、僕なりの「平和へのメッセージ」なんだよ。

 ところで、僕の故郷・香港が中国へ主権返還されてから、今年で15年になる。その香港の活動家が尖閣諸島に上陸したのが、今度の日中関係悪化の発端だよね。彼はもともと、中国共産党独裁に抗って香港の民主化を叫んできた活動家なのに、今回は敵対するはずの中国と手を組み、資金援助まで受けて尖閣上陸を果たしたといわれる。でも、この愛国パフォーマンスが裏目に出たのか、直後に行われた香港立法会議員選挙で彼は惨敗したんだよ。
 しかも、同じ時期に香港では、親中派の行政長官が中国政府の指示で進めようとした愛国教育も、抗議行動の高まりで見事に頓挫した。イギリス統治時代が全面的によかったとはもちろん言えないけど、やっぱり返還されてから少し経った今でもその辺の「独立心」や「民主精神」には根強いものがあるってことだし、僕も香港人として誇りに思うよ。
 ただ、ね……抑圧的な強国から自由や平等を守るための独立心はそりゃあ気高く美しいものだけど、ひとつ間違えると「愛国」への反発がいつしか別の「愛国」を尖鋭化してみたり、どうしてもキナ臭い方向へと導かれがちだから、常に用心する必要はある。それに、尖閣問題にしてもそうだけど、気候変動やら人口爆発やら、人類史上かつてなかったような世界規模の危機に曝されてるこの時代、いまさら国や地域間で土地だの資源だの奪い合ってる場合じゃないだろう。
 いま僕たちが闘うべき相手は、もうそんなところに居ないんだよ。

 それにしても、経済至上主義が終わりつつある今頃になって「経済大国」への道を猛進したり、周辺の少数民族を力ずくで征圧したりするようなお上もお上なら、彼らに易々と“愛国無罪”を焚きつけられる民衆ってのは一体何だろう? まったく、生まれて二百年やそこらの青臭い国ならともかく、「四千年の歴史」を事あるごとに誇る国が何とも大味で底の浅いことやってるのを見ると、歴史や伝統をまったく生かしきれてないというか、あるいは「歴史や伝統」自体が所詮その程度のものでしかないのか……いずれにしても悲しくなるね。
 いや、ちょっと待てよ。何年か前のイラクでの有名な映像、そう、引き倒されたフセイン銅像の上で多くのバグダッド市民が大喜びで踊ってる映像が、じつはアメリカの演出するヤラセだったと言われてるけど、今回の中国での反日デモ映像なんかも一部の暴徒だけをメディアが面白おかしくクローズアップしたもので、大多数の中国人は冷静に“理性愛国、反対暴力”なんて理念を掲げてるって話もある。それが本当だとしたら、もっと言えば大手メディアによる報道の大半が“準フィクション”なんだとしたら……「大きな力」の忠実な代弁者たるマスコミ、または「数字を取りたい一心」の資本主義的作為に徹したマスコミにまんまと嵌められてる僕たちこそ、闘う相手を完全に取り違えてるってことだよね?

 僕がこれまで作ってきた映画のストーリーは「単純明快な勧善懲悪」が基本路線だし、また勧善の「善」も懲悪の「悪」もずいぶん分かりやすいものだった。まぁ、今より遥かにのどかな時代を反映してたとも言えるね。でもこれからは、闘う相手の「見極め」がものすごく重要になってくる。もはや倒すべき敵は、特定の個人や団体やイデオロギーなんかじゃあり得ない段階に来てるってことさ。だからこそ、安易に仮想敵をつくって攻めたがる連中なんか決して信じることなく、みんな、心して“今日(こんにち)の敵”から“今日の平和”を闘い取ろうぜ。
 もちろん、「平和を勝ち取るための暴力」なんて、そんなのは遠い昔の幻想だからな!


'12.秋  東雲 晨





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