タレントの島田紳助さんが夏の終わりに“電撃引退”してから、早くも季節がひとつ過ぎ去ろうとしている。
 故・松本竜介さんとのコンビで漫才師としてデビュー、解散後はその天才的な話術と明晰な頭脳で日本を代表するピン芸人に昇り詰めた紳助さん。活躍の場は番組司会やプロデュース方面にも広がり、やがて芸能界での絶大な影響力を持つ存在になる。だが一方、冷徹なまでのマーケティング力で常に“売れ筋”を分析、「くだらないけど視聴率は取れる」番組を量産してテレビの軽薄化・低俗化に一役も二役も買ったという負の面も指摘される。そんな紳助さんが、暴力団関係者との親密な交際を理由にあっさり「追われた」背景には、どうやら米・オバマ大統領と吉本興業の生臭い思惑があるようだ。
 ノンフィクション作家の溝口敦さんによると、来年の大統領選再選に必死なオバマは、それに向けた実績作りの一環として、多国籍に展開する四つの犯罪組織(そのうちの一つが日本の「ヤクザ」)を「国際的な経済秩序を脅かし、米経済や安全保障に脅威を与えている」と指弾、対抗策として「米国管轄下にある関係資産を凍結し、米国の団体や個人が取引することを禁じる」との大統領令に署名した。他方、紳助さんが所属していた吉本興業では、創業百周年を来年に控えて「世界戦略」が進行中だが、その拠点をアメリカに置いているため、オバマの大統領令を受けて「ヤクザ」に近しい芸人との関係を絶つ必要が生じたという。それが真相だとしたら、「アメリカ帝国」や「お笑い王国」の“事情”によって一人の「不都合な芸人」が斬り捨てられたことになり、そこには、アメリカの顔色を窺う日本政府が沖縄に米軍基地を押しつける図と通じる部分もあるだろう。
 ともあれ、かつて漫才ブームの時代を駆け抜けた稀代の漫才コンビ「紳助・竜介」は、これで完全に表舞台から姿を消してしまった。そして、ついこの間まであれほど崇め恐れられた“実力者”が突然いなくなってからも、テレビはまるで何事もなかったように、「見限られつつあるメディア」としての“老醜”を、今日も変わらず曝し続けている。

 秋が盛りを迎える頃には、リビアのカダフィ大佐が、NATO軍をバックにつけた反政府軍によって殺害された。フセイン、ビンラディンに続き、今世紀に入ってからイスラム世界の大物指導者がまたひとり斃れた訳である。恐怖政治家が二名に、テロ首謀者が一名。決して褒められた面々でもないが、当然のようにアメリカは、それらの抹殺劇でも馬鹿デカい“正義面”とやらを前へ前へと押し出している。加えて、今回の“カダフィ殺し”においては、EU先進国の張り切りぶりが滅多やたらと目についた。
 動力燃料が石炭から石油へと転換した19世紀末の第二次産業革命以降、欧米が何かにつけてアラブ情勢に介入したがる最大の理由が「石油の利権」にあることは、今や誰もが知るところだろう。とくに、産業革命発祥の地でもあるイギリスは、原油欲しさに一旦はカダフィと手を握り合いながら、先のリビア内戦で政府軍が劣勢に立たされていると見るや一転、それに乗じて猛然とカダフィを潰しにかかった。植民地時代に最も世界を泣かせていた「大英帝国」らしい、いかにも狡猾で悪辣なやり口である。
 全く相容れない者同士が、互いに露ほども分かり合おうとしない――欧米諸国とイスラム勢力のような両者間で衝突が起きた際、武力・軍事力の強い側が勝つのは歴史の常であり、また多くの場合、武力・軍事力はその国の経済力に比例する。冷戦の終結以来、超大国アメリカが圧倒的な軍事力で世界中をねじ伏せてきたが、そのアメリカやEUの急激な経済力衰退を潮に「経済の時代」自体が翳りを見せる今、「経済大国が世界を制する」という悪しき構図がいよいよ崩れ落ちようとしているのか。あるいは、アメリカやEUなど最初から居なかったかのごとく、BRICsに代表される新興諸国が彼らにあっさり取って代わり、その経済力で引き続きこの世を蹂躙していくだけの話だろうか。
 さらに、予測されている通り、地球上の化石燃料があと数十年で枯渇し、産油地帯が何の利益も享受できなくなったとき、太陽光をはじめとする新たなエネルギーは、世界各地でほぼ平等に作り出すことが可能になり、利権を巡るこれまでの「資源戦争時代」がついに幕を下ろすのか。それとも、相変わらずエネルギー産出力には地域間格差が生じ、不幸な「原油争奪の泥沼」などまるで忘れ去られたかのように、エネルギー利権を競う明日なき諍いがその後も延々と繰り返されるのであろうか。


'11.秋  東雲 晨





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