池波正太郎氏原作のテレビ時代劇『鬼平犯科帳スペシャル』(フジテレビ系)が、今年も素晴らしい出来栄えで帰ってきた。その情趣や格調高さにおいて他の時代劇と一線を画す本作は、目の肥えた時代劇ファンから絶大な支持を得続けている。
 老中・松平定信時代の江戸を舞台に、火付盗賊改方長官の“鬼平”こと長谷川平蔵と彼を取り巻く同心や密偵の活躍を描く「鬼平犯科帳」。過去に何度もテレビ化された小説だが、二代目・中村吉右衛門氏が“鬼平”役を務める現在のシリーズは1989年より始まるもので、2001年にレギュラー放送を終了後、2005年からは年に1作ペースでのスペシャル版が制作されている。
 本作最大の持ち味は、「いたずらに情に訴え続けるのではなく、次々と厳しい現実を差し出しながらも最後に情を滲ませる」という深みや気高さにあるだろう。ギリギリまで抑制を利かせることで水際立つ、登場人物たちの強い情念――これは他の池波作品や山本周五郎氏の作品などにも共通する部分だが、非情と温情をごく自然に併せ持つ“鬼平”の人間くさいキャラクターが、そこに更なる奥行きを加えている。
 また、このドラマに参加する役者たちは、もともと芸達者が多いうえに「もしや本来の実力以上では?」と思えるほど引き締まった演技を随所で披露してくれる。“鬼平”や吉右衛門氏のカリスマ性に制作者たちの気迫が交錯して生まれる「番組そのもののカリスマ性」が、出演者から言わば“神がかり的な”緊張感を引き出す磁場を形成するのかもしれない。そうして毎回つくり上げられる映像世界は、ある意味で「原作を超えた」ともいうべき極上の完成度を約束する。 
 低俗化に歯止めが掛からぬ昨今の地上波テレビ番組、さらにその中でも最もミーハー度が高いとさえいわれるフジテレビの番組ラインナップにおいて、「日本時代劇の粋」と称される逸品が息長く君臨していることは、一種の奇跡ですらあるだろう。
 
 
 岡本太郎の生誕100年にあたる今年、彼をテーマにした展覧会・イベントや、その生涯のドラマ化(NHK『TAROの塔』)など、記念企画が目白押しである。
 権威主義や旧い価値観と闘い尽くした、あまりにも有名な前衛芸術家。「芸術は爆発だ!」に代表される、その“モーレツ”で“ベラボー”な言動および人物像が改めてクローズアップされているが、1950年代半ばに発表され当時の話題をさらった『今日の芸術』『日本の伝統』といった著作からは、彼の思想、とりわけ「日本観」の核心部分が見てとれる。
 
 〈日本では、平板で繊細な弥生式文化こそが《わが国の伝統》として連綿と受け継がれてきたが、その一方で、荒々しく大らかな縄文式文化の伝統も確かに実在する。農耕生活から生まれたチマチマと小賢しい弥生文化に対し、狩猟時代に培われたエネルギッシュでたくましい縄文文化。今日の我々は、単純素朴な激しさや説明無用の呪術性を孕むこの縄文文化に触れることで、人間としての根源的な情熱を呼び醒ますべきである〉
 〈鎖国政策や封建制度に塗り固められた徳川三百年の世では、消極的で湿っぽい弥生式文化が不健全に発酵する。しかし、明治時代に鎖国が解かれるや今度は一気に西欧文明が流入し、またその反動で急ごしらえの国粋主義も勃興した。いま我々は、国粋主義や舶来かぶれに陥ることなく、日本の伝統と同時に西洋の伝統をも受け容れ、それらを消化する中から新しい文化の伝統を生み出さねばならない〉
 〈非情な新旧のぶつかり合いを経てきた世界各地の伝統に比べ、ただただ古いものに寄りかかるだけの《わが国の伝統》はいかにも弱々しい。伝統とは、決して遠い過去のものでなく、我々が現在の責任において新しく創っていくべきものなのだ〉
 
 半世紀以上も前になされた太郎のこういった提言が、この国に浸透したかどうかは大いに疑わしい。だが、たとえ彼の主張に全面的に賛同する者であろうと、件の“鬼平”の価値については手放しで絶賛せざるを得ないだろう。江戸時代の江戸市中という、太郎のいわゆる「弥生以降の日本的伝統」が最も色濃い時空を背景に、しかも“封建的な伝統芸能”である歌舞伎の俳優を主役に据えながら、「世界に誇れる独自の日本美」を堂々と現出せしめたのは、これもまた一つの痛快な奇跡だという他ない。
 さらに付け加えるなら、世界的なバンドであるジプシー・キングス(フランス)の奏でる番組エンディング曲「インスピレーション」と、“鬼平”の作品世界が見事なまでに融け合っている点も含めて。
 
 
 ところで……いまの日本で高級クラブのメッカといえば、銀座や赤坂、六本木、それに大阪の北新地あたりが挙がるだろう。しかし、いまの日本でナンバーワンのホステスは、面白いことに首都でもキタでもミナミでもなく、遊興においては地味なはずの土地、たとえば東北・岩手の小岩井などに艶然と座していたりするものである。


'11.春  東雲 晨





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