2月4日、小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体をめぐる事件で、東京地検特捜部は小沢氏の政治資金規正法違反での起訴を断念し、一連の捜査が終結した。自分たちにとって不都合な「脱官僚」を掲げる現政権党に壊滅的ダメージを与えたい一心で、同党の重鎮を失脚に追い込もうとした検察側の意図が疑われているが、もしそれが事実だとしたら、国民として到底受け入れられるものではない。
 今の日本で最も喫緊の課題は、言うに及ばず景気・雇用対策である。この方面で民主党が示す政策は、少なくとも今のところは前政権より遥かに現状改善への見込みを感じさせるものであり、その民主党の足元をすくって引きずり下ろせば、とりも直さず自民党へと政権が戻ることになる。日本史上最低首相のもとでこの国の労働環境を滅茶苦茶に破壊し、以降も打開策の絶無ぶりを曝し続けてきた自民党に、である。もちろん、「政治とカネ」問題がクリーンであるに越したことはないが、この場合の優先順位の高さについては全く論を俟たないだろう。今日明日の住まいや食糧に困窮する人たちを少しでも減らすのが先か、政治資金に関する不透明性を糾弾するのが先か、一体どこに迷う要素があるというのか。
 毎日毎日あちこちの線路で“人身事故”が発生し、それによる電車の遅延がもはや日常風景と化してしまった異様な実態の前では、「官僚の保身」など取るに足りない事柄である。

 同じ2月4日、大相撲の横綱・朝青龍関が引退し、あっけなく相撲界を去った。初場所中に泥酔して暴行事件を起こし、その責任を追及されての幕引きである。土俵上でのガッツポーズや下した相手へのダメ押し行為にいわゆる「横綱の品格」が問われ続け、八百長疑惑やサッカー騒動などスキャンダルにも事欠かなかった第68代横綱。一連の行状の本質的な良し悪しはともかく、その無軌道ぶりで幾度となく力士生命を危うくしながら何とか踏みとどまってきたものの、今回の事件がついに命取りとなり、結果的には「史上単独3位となる自身25度目の幕内優勝」を花道とする、ある意味で美しい終焉を飾るに至った。
 これまでの経緯から、朝青龍には「たとえ何をしようと、相撲人気を支える自分に厳罰など下せるはずがない」と高を括っていた面もあるだろう。また格闘技界への転向や母国モンゴルでの政界・実業界進出などもかねてより匂わせており、「相撲界から追われたって別にかまわない」という思いを常に抱えていたかもしれない。そんな中で突きつけられた、相撲協会および横審からの有無を言わせぬ引退勧告。
 周知のとおり、大相撲は長らく人気低迷に喘いでいる。この先、業界のどうしようもなく古臭い在り方をどう変革していくのか、朝青龍という理想的なヒール(悪役)抜きで興行をどう建て直すのかなど問題は山積みだが、それでも遅れ馳せとはいえ「なめすぎた者の放逐」を断行した角界の潔さは、やはり相応に讃えられるべきであろう。

 言うまでもなく、小沢氏の今後についてはまだまだ予断を許さず、持ち前の強引さがあまり度を越すようだとそれこそ政治家生命を奪われる羽目にも陥りかねない。逆に朝青龍の場合は、窮屈な土俵からの訣別が将来的に吉と出る可能性も充分あるだろう。しかし、2月4日という時点のみでいえば、両者の明暗はクッキリ分かれたことになる。そして同時に、国民の尊厳よりも自らの既得権益を大切にする「検察ルール」が挫け去り、当面の商売勘定よりも国技の威厳に重きを置く「角界ルール」が花をほころばせた、そんな立春の日であった。

 さて、余談ながら2月の事件をもうひとつ。トヨタ自動車のハイブリッド車、新型「プリウス」のブレーキが瞬間的に利かなくなるという顧客からの苦情が相次ぎ、最終的にプリウスなど4車種をリコールする事態へと発展した。しかも、激しい非難を浴びてすぐに撤回したものの、当初トヨタは「車の不具合でなく運転者の感覚の問題」などと言い放ったのだ。
 派遣社員や下請業者を叩いて泣かせて肥え太ったともいわれる“世界的大企業のルール”においては、「叩かれ泣かされるような弱い立場にある者が悪い」のと同様、自社製品の致命的な欠陥についても、どうやら「客が悪い」ということになるらしい。


'09-'10.冬  東雲 晨





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