夏の終わりに行われた衆議院選挙は、大方の予想どおり民主党の圧勝、それを受けて政権交代が実現した。日本史上最低首相がいつぞやブチ上げた公約「自民党をぶっ壊す!」がここへ来てようやく日の目を浴び、実に意義深い結果である。何よりも、自民党を引きずり下ろしたことで、いい意味での混沌状態が幕を開けるかもしれないからだ。
 屈強の王者が君臨している限り、その牙城は難攻不落だが、さほどでもない者が何かの弾みで王座に就いたとき、世は一気に戦国時代へと突入するものである。
 自民党が居座っているうちは到底つけ入る隙のなかった第三勢力に、民主党台頭のおかげで俄然チャンスが巡ってくる可能性が生まれた。長らく劣勢に立たされていた弱小政党、もしくは未だ見ぬ新政党が、画期的かつ魅力的な政策を引っさげて浮上する日の到来も、もはや全くの夢物語ではなくなったといえよう。

 その衆院選を向こうに回し、夏の“メディア人気”を二分したのは、タレント・酒井法子さんの覚醒剤取締法違反による逮捕劇である。彼女の夫の逮捕に端を発したこの事件は、当然ながら週刊誌の売り上げやワイドショーの視聴率アップに大きく貢献した訳だが、ほんの数十年前にクスリを吸いながらプレイしていた海外のミュージシャンたちを「反社会的でカッコいい」と持てはやす輩が、今の日本でのりピーやマーシーが同じことをすれば「反社会的な極悪人」呼ばわりし、徹底的に打ち据える。「反社会」とは、ずいぶん好都合な言葉のようである。
 また、この事件を契機に芸能界の薬物汚染ルートが一網打尽となる可能性も取り沙汰されている。今までも芸能人の薬物スキャンダルが勃発するたびに存在を囁かれながら、結局うやむやになってきた「業界の禁忌領域」。その代わりと言っては何だが、こんなまことしやかな噂もかねてより耳にする。“これまでに何度も覚醒剤で捕まっている某タレントの服役中、必ずと言っていいほど有名芸能人の薬物使用が摘発され、しかも何故かその直後に某タレントは釈放される”――そのタレントが現在服役中かどうかは定かでないものの、果たして今回の事件はどのような余波を招くのだろうか。
 さらに巷では、芸能界のみならず一般社会にも薬物が蔓延している、などとちょっとした騒ぎになってもいるが、そもそも「タバコ」を認める寛容さすら失くしてしまった御時世には、当然起こりうる現象であろう。喫煙者のマナー低下にも問題があるとはいえ、有史以前より人間の嗜好品であり続けてきたとされるタバコをこれほど嫌い締めつける社会になれば、今までそこに安らぎを求めていた人たちがクスリなど他の手段に走るのは目に見えている。「歌舞伎町から暴力団と風俗店を排除すれば、街がキレイになる」などと小学生の作文みたいなことを公言して憚らず、「歌舞伎町浄化作戦」と銘打ち断行する、どこぞの知事と変わらぬ幼稚で気楽な清潔志向。そんなことをしたら、風俗店を辛うじてガス抜きに使っていた“女っ気なき男ども”が性犯罪に手を染めやすくなり、またその種の商売をシノギにしていたヤクザの面々がより危険な稼業へと流れるのは、今どき子供にでも分かるだろう。
 悪事を犯した人間を死刑にし、邪悪なものを握り潰したところで、何の根本解決にもならぬどころか事態はますます悪化する――そんな初歩的な判断能力すら狂わされるほど、今年の夏が暑すぎたとも思えないのだが。

 なお……酒井容疑者関連の報道の中で私が最も呆れ返ったのは、夫・高相祐一容疑者のあまりに情けない振る舞いである。自分が逮捕された途端、「妻もクスリをやってました」などとあっさり警察に吐露するとは、同性として見下げ果てるほかない。たとえ別居するほど不仲だったにせよ、またずっと庇(かば)い続けられるはずもないにせよ、夫である以上、妻のことは何が何でも黙り通すべきものだろう。しかも、その点への非難がほとんど誰からも上がらないところを見ると、しょせん「男の値打ち」など、もはやそこまで“零落済み”だということか。


'09.秋  東雲 晨





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