「婚活(=結婚活動)」なる言葉が、今年の流行語大賞を獲りそうな勢いである。就職活動を「就活」と略すのに倣ったこの言葉、「本気で結婚したいなら、そのための活動が必要」という世知辛い時代の雰囲気をよく表している。配偶者を見つけにくい社会状況の中で、結婚願望を持つ人たちが躍起になるのは当然だろう。が、「結婚のために『活動』だなんて……」といった“古き良き時代”的な抵抗感はさておき、実際問題として「最初から結婚を目的に据えた相手探し」が本当に幸せな結婚へと導いてくれるのか、いくぶん疑問の残るところではある。

 ニューヨークを代表するシンガーソングライター、ビリー・ジョエル氏が、音楽を志す若者に向けてのメッセージを請われた際、彼の口から発せられたのはこんな風なコメントだった。
 「有名になりたいとかスターになりたいとか、そんなことは考えず、自分が居心地よく感じるステージで、自分が『これだ』と思う音楽をプレイすること。いい音楽が好きな人はたくさんいるし、いいプレイを続けていれば必ず評判になり、ファンも増える。そうして少しずつ世界を広げていくうち、いつしか君は有名にもスターにもなってるさ」
 成功という目標に照準をあてすぎると、どうしても安易な売れ線狙いに走ってしまい、うまくいって一時的にもてはやされても長続きしないし、第一それでは心底からの満足など得られない。もっと深い意味での“成功”を収めるには、いま自分がいちばん楽しめることに必死で取り組むのが最たる早道なんだ――恐らくビリーの実体験にも基づくであろうメッセージ。「栄光を手にしたければ、栄光を意識しすぎるな」という逆説的なアドバイスは、なかなか実行が難しいとはいえ、しっかりと噛み締めるべきものである。
 
 プロ野球・千葉ロッテマリーンズのボビー・バレンタイン監督が、球団側から通告されていた今季限りでの退団を、シーズン前半戦終了後に承諾、自ら発表した。球団との度重なる衝突により監督がシーズン前に退団通告を喰らう、などという異常事態を受けて始動した今季のマリーンズは、ゴタゴタの影響もあってか覇気のない戦いを繰り返し、前半戦終了時点で借金14のパ・リーグ5位という惨憺たる位置に甘んじた。「今年でいなくなる監督の下では選手もやる気が出ない」というのなら、プロとしてあまりに恥ずかしい言い草だが、マリーンズの地力からすればそうとしか思えないような体たらくである。
 今なおファンからの根強い人気を誇り、続投を求める署名が11万人を超えたバレンタイン監督。彼の野球を突き詰めれば、「観る側もやる側も楽しめて、なおかつ勝利につながる野球」と表現できる。攻撃面での一例を挙げてみると、一塁ランナーが出た際、従来の日本野球では次打者に送りバントのサインが出るか、あるいはヒットエンドランをかけるにしても右方向へゴロを転がし悪くとも進塁打にするという、「自分を犠牲にしてランナーを進める」戦術が定石だった。ところがバレンタイン監督の場合、「無理に右方向へ転がす意識など持たなくていい。各バッターが自分に最適なバッティングを心がければ、その方が好結果につながりやすく、ひいては勝ちにも近づくのだから」。面白味のないプレイでコツコツ稼ぐよりも、それぞれにとって目一杯のプレイを見せる方が、ファンも選手も楽しいうえ勝利にも結びつきやすい、という発想である。

 楽しむことが、勝利への最短距離。
 勝ちたいからこそ、野球を楽しむ。

 事実、そんなやり方でマリーンズは、バレンタイン監督就任2年目の2005年、万年Bクラス状態を脱して31年ぶりの日本一に輝いた。その後3年間は、首位に肉迫しながら及ばなかった2位が1度と、勝率5割前後の4位が2度。常勝チームが生まれにくい近年の野球において、しかもファンサービスという点でのボビーの貢献度を考えれば、それほど責められるべき成績だとも思えない。むしろ既に報道されているように、監督自身も含めた外国人スタッフの高すぎる年俸が球団経営を圧迫することや、チーム運営においてフロント無視の独裁体制を築きつつあったことが解任の直接原因と見られる。そして、その辺りについてはバレンタイン監督にも“ヘタを打った”面が少なからずあるだろう。
 とはいえ、せっかくボビーが作り上げてくれた「楽しくて勝てる野球」に、もしも来シーズンから「前時代式退屈野球」が再び取って代わるようなことがあったら……と、マリーンズ、いや、日本野球が心配になってくる。大げさかもしれないが、そこに野球のみならず日本そのものの姿をも見出せるとしたら尚更のこと。ただし、いざ蓋を開けてみれば、それが杞憂だったと思い知らされることになるかもしれない。いまだにそんなセコい野球(大きくいえば“セコい生き方”)を簡単に受けつけてしまうほど、我々は小さく作られてはいないのだ、と。


'09.夏  東雲 晨





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