中国製の冷凍ギョーザを食べた消費者が食中毒を起こし、そのギョーザから農薬や殺虫剤に使われる有機リン系薬物「メタミドホス」が検出された。この事件の影響で、市場では不信感から中国製食品を買い控える動きが当然のごとく発生し、そこから更に発展して手作りの料理が見直されたり、多くの中国製食材が使われているであろう居酒屋などから客足が遠のいたりという現象が起こるまでに至った。これらは「食」の適度な安全対策や地産地消への取り組みにつながる思わぬ副産物だといえるかもしれない。が、発端のギョーザ事件に関しては中国側も日本側も「自国で毒物が混入された可能性は極めて低い」との見解を相譲らず、解決への糸口はいまだ掴めぬままである。

 アメリカ追従路線をとる日本では、構造改革の名のもとにアメリカ発の新自由主義経済政策(規制緩和、小さな政府、国営企業の民営化など)が導入され、そこから生じた格差社会化が深刻な問題となっている。一方で、長年アメリカから抑圧されて来たうえ、同じく彼らの推し進める新自由主義政策でボロボロにされた中南米では、各国の左派政権が結束し反米態勢を露わにし始めた。のみならず、唯一の超大国としての目に余る傲岸不遜ぶりや、イラクでの失政、サブプライム問題など致命的なマイナス要素が積み重なった結果、反アメリカの波は今や全世界的に広まりつつある。
 そんな潮流に倣うなら、そろそろ日本も破滅的な対米追従から脱却すべきであり、それには近隣の東アジア諸国、とりわけ中国との連携が不可欠ということになるが、この二国間に立ちはだかる分厚い壁の存在については今さら述べるまでもないだろう。もともとの根深い歴史的確執に加えて、互いに気に入らぬ点が多々あるという、いわゆる“合わない”大国を隣人にもつ日本としては、中南米諸国のような方向で打開を図るのは困難だといえる。その上に降って湧いた毒入りギョーザ事件で、両国の関係はいっそう微妙なものになってきた。

 そんな折、あの“ロス疑惑”の主役であった三浦和義氏が米国自治領サイパン島で拘束された。27年も前に起きた事件、しかも日本で無罪になった事件を今になってわざわざアメリカ警察が蒸し返したにも拘らず、決め手となる新証拠の有無すら明かさないとはいかにも不自然な話だが、何よりも注目すべきは、今回の再逮捕において「殺人罪」とともに「共謀罪」なる罪状が適用された点である。
 お上による市民の監視を強化し、反戦運動などの弾圧をも容易ならしめる「共謀罪」は、日本では与党が法案成立を目指しながらもその危険性を指摘する野党から猛反発され、今なお継続審議中である。その「共謀罪」をアメリカが行使して“日本一有名な容疑者”を四半世紀もの彼方より連れ戻すというインパクト充分な荒ワザからは、日本に共謀罪導入を焚きつけて戦時社会への移行を助長し日米同盟をますます強固なものにしたい、つまり世界を敵に回しつつある中で日本という「持ち駒」だけは何とか確保しておきたい――そんな切迫感が臭い立っては来ないだろうか。だとしたら、それはメディアや世論が次期大統領選の話題に沸き立つ陰で現ネオコン政権が密かに仕掛けた“最後の仕事”たる謀略だといえるであろう。それも、日中間にギョーザ事件なる新たな火種が噴出したのを“天が我々に与へ給ひし機会”とでも都合よく信じ込み、ここぞとばかりに利用するかのような。

 それにしても……生きる上での基本となる「食うこと」の重要性を外国とのトラブルから最認識させられたかと思えば、その国と自国との関係に大きな影響を及ぼす法案の成立をまた別の外国から促される――我々としては、現行憲法が外国からの「押しつけ憲法」であるか否かなど云々する前に、そんな“やり切れぬほどの他律性”をこそ何とかすべきではないのだろうか。                


'08.春  東雲 晨





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