ここ数年、医療を題材にしたドラマやアニメが活況を呈している。ドラマでは『白い巨塔』『救命病棟24時』『心療内科医・涼子』『Dr.コトー診療所』『ブラックジャックによろしく』『87%』、大ヒット・シリーズの海外ドラマ『ER緊急救命室』、それに浦沢直樹氏の人気漫画をアニメ化した『MONSTER』などなど、数え上げたらキリがない。医療への関わり方の度合いは作品によってまちまちだが、中には相当深く医療の中身にまで踏み込んだものも見受けられる。こういった傾向は、現代人の健康への関心を反映したものとみるべきか。
 実際の医療の世界においては、現代医学の力では治せない病気を人間が本来持っている“自然治癒力”によって治そうという「免疫治療」が大いに脚光を浴び始めている。その火付け役になったともいえる『免疫革命』(講談社インターナショナル)なる本の著者、新潟大学大学院医学部教授・安保徹氏は、自律神経免疫療法という独自の療法を臨床現場で実践する世界的な免疫学者だ。
 安保教授は言う。「現代医学は症状を消すことに専心するあまり、身体中の免疫の働きを抑制してしまう。例えば、がん治療の主流をなす三大療法(手術・抗がん剤・放射線治療)は物理的にがん細胞を小さくするが、その一方で身体に強烈なストレスをもたらし、がんの再生に抵抗する免疫力を奪い去る。逆に、ストレスを軽減して免疫力を活性化させ、身体全体の調子を改善してやれば、どんな病気も快方に向かうのだ。自然治癒力に勝るものはない、という常識を忘れてはならない」。
 西洋医学(分析医療)は病気を分析的にとらえる方向では役立ってきたが、身体全体の健康をとらえきれず、なぜ病気が発症し治癒するのかというメカニズムを解明することができない。ほとんどの場合、病気の原因はストレスにより体内の免疫力が低下することであり、だからこそ身体全体の健康をとらえる東洋医学(統合医療)の考え方を導入して免疫力を高めることが大切なのだ、と安保教授は提唱している。 
 老い衰えて自然に消えゆこうとする命を科学技術の手で無理に引き延ばすのとは違い、もっと生きて然るべき命を生かし続けようとする――そういった意味でも、免疫治療はごくごく自然の摂理に適ったものだと言えよう。自然災害や無差別殺人、それに国際情勢の不穏化など、多様な角度から生命が危険に曝されるであろうこれからの時代、まだまだ生き延びて活躍すべき命をむざむざ途中で終わらせまいという姿勢は、ますます重要性を高めていくはずだ。
 ただ、安保教授の免疫学理論を真に汎用化するにはまず世の中そのものが「人間の免疫力を自然に引き出せる土壌」であらねばならないが、誰もが知るとおり現状はそんな姿からは程遠い。吸い込む空気や口にする食物からして壊滅的に汚染された現代社会には、「自然治癒力」の活性化を阻む要素が溢れ返っている。そういった事態を解決してこそ免疫療法が本領を発揮できるのであり、そこで必要になるのが実はほかでもない免疫療法の発想ではないか、と私は思う。
 近年、科学技術の発達が文明の進化に直結するという考え方が幅を利かせてきた。もちろん世の中の進歩が科学技術の向上に負う部分は少なくないが、科学技術はあくまで人間の能力を高めるための補助的役割を担うべきものである。もしくは「明らかに無駄で不必要な労力の消耗を削減し、その分の労力を人間としての能力向上に充てる」ために発達させるべきものだ。ひょっとしたら、文明を創り始めた頃の人類はこういった意識を当たり前のように持っていたかもしれない。だが、やがて主従関係は逆転し、テクノロジーが人間を振り回すようになる。また、人間の「楽」や「便利さ」への欲求は留まるところを知らず、いつしか我々は不必要な労力消耗の削減どころか、人間にとって必要な苦労さえも避けたがるようになってしまった。
 結果、深く物事を考えたり感じたり、あるいは身体を自在に操ったりという、人間として“必要な”能力がどんどん劣化していき、一方で、際限なき効率化・スピード化に追い立てられ、人として生きにくい無機的な日常に追い詰められるという“不必要な”苦痛が新たに加わることとなった。いわば、多重の泥沼である。この泥沼は、我々が「科学技術の扱い方」「テクノロジーとの付き合い方」を誤ってしまった当然の帰結だといえよう。
 現代医療が病気を根治し得ないように、テクノロジー自体が世の中を改善することはできない。そろそろ我々は文明に対する真っ当な“扱い方”“付き合い方”を思い出し、人類の成熟や文明の進歩が「人為的なテクノロジーをいかに発展させられるか」でなく「人間がもともと持っている肉体的・精神的能力をいかに引き出し伸ばせるか」に懸かっている、ということを改めて認識すべきではないか。そして、文明をそういう位置づけで捉えたとき、初めて「文明と自然の共生」が可能になるのではないだろうか。
 免疫治療を活かしきるため、まずはこの世に免疫治療を。――安保教授の免疫学理論は、医学の領域を大きく超えた“文明開化の大前提”と称されるべきものかもしれない。


'05.春  東雲 晨





inserted by FC2 system