昔のヒット曲をリバイバルさせたりCMソングに使ったりする懐古路線が流行っており、その一環として「あの人は今」の類の番組が最近やたらと目につく。昔に比べてタレントの絶対数が明らかに過剰気味だから姿を消す人数も必然的にはね上がり、このテの企画のタネには事欠かないのだろう。何かといえばものまね番組に真似される本人を出したがるのも同じ構造である。そういう番組に出てくる元スターたちを見ていると、その時その時のニーズに合った商品として一時的に売り出され、こき使われ、旬が過ぎればさっさと捨てられた人たち、という感が否めない。
 そうかと思えば、長きにわたり第一線で活躍し続ける人たちもいる。彼らはどんな人たちなのか? 大きく分ければ、いかなる時代にでも一般受けする要素をもともと備えているか、あるいは流行に順応して自分を変えるのがよほど巧いかのどちらかであろう。後者はつねに時流を読み、世間からの支持を得られるよう尽力する。本来なら自らが時代を創るべきはずのアーティストともあろう者が、商売のため、金儲けのために時代に迎合・追従している、といった例すら無きにしも非ずだ。
 そんな中で、異彩を放つ人物がいる。松本人志である。この人、面白さにかけてはケタ外れであるものの、どんな時代においてもおよそ一般受けするタイプではない。当然ながら今の時代に合っているとも思えず、また合わせようとしている風にも見えない。そもそも、多くのタレントのように必死で芸能界にしがみつこうとする姿勢がまるで感じられない。事実、彼については賛否の幅が激しいし、好き嫌いの分かれるタレントである。いわゆる「好感度ランキング」などには縁遠く、最近の「ツーカー」を除いてはCMへの単独起用もほとんどなかった。なのに、トータルすると彼は常に高い人気を誇っている。もちろん彼の持ち味を最大限に引き出してくれる相方・浜田雅功の存在は無視できないが、世俗的成功という面でもお笑い界でトップの座をほしいままにし続けている。
 また、この人は伝統的な「プロ」の定義を覆した人でもある。「プロは素人とは違う」という言葉のもとに、プロの芸人はプロとしてのマニュアルめいたものを身につけていき、それと引き換えに素人だけが持つ意外性や破茶滅茶さを置き去りにしてしまいがちだが、彼は子供の頃に仲間たちと繰り広げていた“面白い遊び”の延長線上で今も笑いを開拓している。それは、いわゆる「プロ」たちの基準では「究極の素人芸」ということになるはずだが、その「素人芸」で多くの「プロ」たちの手の届かないところにまで達してしまったわけである。
 おまけにこの人、少なくともテレビで見る限りでは、あれだけ売れて大金を手にしながら根本的にまったく変わることがない。面白さがアップしている点を除いては、関西ローカルの深夜番組に出ていた無名時代の彼のままだ。まるで、売れようが売れまいが、金があろうがなかろうが、そんなことに翻弄される俺ではない、とでも言わんばかりである。いや、金や地位だけでなく、時代、環境、その他いっさいの外的要素が、彼の前にはあたかも無効であるかのようだ。
 これらの超然性は、すべて彼の“突き抜けた土着性”に裏打ちされていると私は思う。
 通常は、全国区で売れるために不可欠な要素の一つとして「都会的センス」が挙げられる。これを身につけることが、とりわけ関西の芸人などには大いなる難関と見え、せっかく意気込んで東京に進出しても田舎臭さやドロ臭さが抜けきらぬままメジャーになれずに終わるケースがままある。だが、見てのとおり松本人志は極めてドロ臭い。その土着的なドロ臭さを丸々残したままで全国を席巻したのだ。
 長引く不況にも後押しされ、都会での生活に見切りをつけて「Uターン」や「Iターン」に活路を求める生き方が注目され始めている。地方での暮らしに良さがあるのは言うまでもなく、また田舎の風土や文化に目を向けて大切にすること自体も素晴らしいだろう。しかしながら、(何らかの事情で帰郷せざるを得ないような場合は除いて)どうもそこには「中央での競争に敗れて降りた」というネガティブな気配が見え隠れするし、そういった動きが社会状況の閉塞の抜本的な解決につながるとも思えない。第一、田舎に引っ込むという発想自体が都会にかぶれるのと同じくらい“都会”を意識したものだ。例えば松本は、田舎に納まりも都会に染まりもせず、最初から自分の地元の匂いを寸分も零さない状態で中央をパックリと呑み込んだ。そのくらいの勢いを見せてこそ、真の意味で地方の地力を誇示したといえるのではないだろうか。
 「ナンバーワンよりオンリーワン」なるフレーズがもてはやされて久しい。だが、まるで勝負から逃げるかのような甘さを孕んだそんな言葉など、オンリーワンのままナンバーワンになった松っちゃんの前にはあっさり吹っ飛ばされてしまいそうだ。


'04.春  東雲 晨





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