世界で初めて青色発光ダイオードを実用化した米カリフォルニア大学の中村修二教授が、かつて所属した会社に特許権を譲渡した対価の一部として200億円を勝ち取った(対価そのものは実に600億円余にものぼる)。世界的発明により巨利を得たのだから、会社は発明社員に対して相応に報いなければならない、という東京地裁の判決によるものである。もともと会社から支払われていた褒賞金がたったの2万円とはあまりに子供騙しな話だが、今回教授が手にした200億円という金額には当然のごとく賛否の声が上がっている。
 言うまでもなく、仕事に対する報酬額とは、その仕事の偉大さや大変さではなく「その仕事でどのくらいゼニが動いたか」によって決まる。中村教授の場合、「貧弱な研究環境のもと、独力で世界的発明を成し遂げた」という特殊事情も考慮されてはいるものの、やはりあくまで「彼が会社にもたらした利益は600億円に値する」と司法が判断した結果の裁定であろう。同様に、この不況の折にプロ野球のスター選手たちが信じられないほどの高年俸を持っていくのも、彼らの働きがそれだけ球団の利益につながっているからこそだといえる。
 ただし、過剰なほどの大金は、往々にして人を蝕み狂わせる。これは歴史において飽くことなく演じられてきた悲劇だ。そういう意味では、何かの見返りに大枚を与えるというのは、与えられた側の幸せを考えれば必ずしも褒賞として相応しくない行為なのかもしれない。
 では、大金を手にできるような仕事をした場合、そういった災禍から我が身を守るにはどうすればいいのか。「カネに惑わされない強さを持つ」のが最善策だが、それができないのを前提とすれば、「世の中に役立つ形で消費する」のも一つの方法だといえよう。
 例えば、ラグビー元日本代表で現・神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネジャーの平尾誠二氏は、SCIX(シックス)というスポーツNPO(非営利組織)の理事長をも務めている。このSCIXとは「スポーツに関心を寄せる総ての人々のコミュニティの健全な発展に寄与し広く社会一般に貢献すること」を旗印に、スポーツを通して地域や産業を盛り上げ、ひいては日本社会・世界全体を活気づかせていこうという機構で、その運営資金に充てるため、平尾氏は執筆・講演活動やCM出演に精を出している。
 また、LAドジャースの野茂英雄投手は、経済状況の悪化による社会人野球の衰退ぶりにアマチュア野球界の将来への危惧を抱き、自らを育ててくれた社会人野球への恩返しの意味もこめて「NOMOベースボールクラブ」を設立した。これは、野球をやってきた青少年たちが社会人になってからも継続して野球に取り組める環境を提供するためのNPOであり、その活動を通じてアマチュア野球の普及・発展に寄与するべく、野茂はドジャースから得た超高給のうち幾らかを注ぎ込んでいる。
 いずれも建設的で敬服すべき「大金の使い方」だと思う。
 そういえば、昨年末、シアトルマリナーズのイチロー選手がメジャーリーグのトップスター級の年俸を要求し、最終的には4年で約50億円という球団史上最高額を獲得するに至った。プロとしての評価の尺度が年俸額である以上、自らの実績に見合った数字を要求するのは至極当然だが、注目したいのは“そのあと”である。今まではあまりカネにうるさくなかった選手だけに、そんな大金をどうするつもりなのか、私としては非常に興味深い。単に私的に使うのか。あるいは平尾氏や野茂に追随するような使い方をするのか。それとも……アメリカにいるのを何らかの“地の利”にして、イチローでしか考えられない“革命”でも起こす用意があるのだろうか。野球において彼が見せてきたオリジナリティさながらに。


'04.春  東雲 晨





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